死にたい気持ちと生きる

(超重い内容なので、苦手な方はスルーしてください)

他の方のブログを拝見していると、時々死にたいという、つらい気持ちの言葉を目にします。何か反応したくなってしまいますが。僕にできることはおそらくありません。

正直なところ、僕も誰かに助けを求めたい人間で。死にたい気持ちを抱えている人間のひとりです。生まれてこなければよかったのにとずっと思い続けています。

できることなら、早く人生を終わらせたいし、死んで自分の何もかもが消えて無くなればいい。何度もそういったことを考えます。

今生きているのは、単に死ねないから。死ぬのが怖いからです。

恥の多い人生を送ってきました。別に文学的表現でもなんでもなく、本当に恥ずかしいことを見られて噂された悪夢のような人生でした。子どものときのこういった黒歴史が、今でも自分を苦しめます。思い出しても泣きたくなるぐらい。

こんな人生を送るくらいなら、死んだほうがマシだ。やけになることもありますが、怖くて自傷行為もできません。死ぬ勇気がなくて未だに文字通り生き恥をさらし続けています。

近所ではすっかり異常者として有名みたいです。大人は何も言いませんが、子どもは家の近所で僕の噂をしていたり、たまに出くわしたりすると、走って逃げられます。

生きるって思った以上につらいことだと、いつ気づいたのか。外に出ると嫌な思いをするからといって引きこもっていても、食事はしないといけないし、体調不良とつき合わないといけないし、陰口や悪意と向き合わないといけないし。

味方になってくれる人がひとりでもいたなら、多分生きていけると思うのですが。精神科医ケースワーカーとしか話をしない上、その人たちは、仕事だから話を聞いているわけで。生活の中で僕がいいよと言って寄ってきてくれる人はいません。

思えばずっと孤独を感じていました。優しい人もいましたが、結局僕自身がひとりじゃないといられない人間でした。そのことをずっと寂しいと感じていますが、誰かと打ち解けて友達になることなんてこれから先も多分ないと思います。

世間で言うところの人生詰んだ人間というやつでしょうか。学歴もなく、体力も技術も居場所もない。男のドレスコードを知らないからスーツも着られないし。着たくないし。

こんな風に何度も何度も生まれてきたことを呪って人生を悔やんでいるわけですが。

死ねない以上、死にたい気持ちと生きるしかないんですよね。

それこそ、「マインドフルネス、脱焦点化」という記事で書いたように、「今、ここ」の生活を意識して生きるしか。

性的マイノリティーで結婚ができないとか、友達がいないとか、周囲に嘲笑されるとか、数えきれないほどの負を背負っても、「今、ここ」の自分を歩いていくしかないようです。

僕が世界で見つけたものは、マクドナルドのハンバーガーと、坂本真綾さんの音楽だけ。他には何もありません。